植物発生に関する研究
シロイヌナズナと植物ホルモン
植物は地球の生態系だけでなく、人類の農業と文明にとってとても重要です。
中でも、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)は科学研究において最も
使用されている植物です。シロイヌナズナは一年生アブラナ科の植物であり、
キャベツ、ブロッコリー、小松菜や大根の仲間です。シロイヌナズナは
比較的小さく(全高20~25㎝)、短い生成時間(~6週間)や高い種子収量
(1000~3000粒/一個体)といった特徴を持つため、理想的な
研究モデル植物です。
動物と同じように、ホルモンは植物の生長を制御します。ホルモンは
多細胞生物が作る、体の他の部分の生理や行動を調整する小さい
分子です。主に脂肪類、ステロイド類とペプチド類(小さなタンパク質
断片)のホルモンがよく知られています。
最近では、根こぶを形成するメカニズムの研究が進み、線虫感染と植物
ホルモンの関係性が指摘されています。例えば、マツノザイセンチュウが
植物に感染すると、エチレンの合成が促進される事や、シストセンチュウの
摂食細胞形成にはサイトカイニンが関わっている事です。その他にも、
サリチル酸やジャスモン酸などの防御ホルモンや、植物ペプチドホルモンなども、
ネコブセンチュウ感染に関わることがわかっています。さらに近年、
ネコブセンチュウが植物ホルモンのオーキシンシグナル伝達系を利用して
根こぶを形成していることが報告されました。加えてこれまでに、根こぶ形成と
側根形成が似ているとの報告があります。植物ホルモンと、根こぶ形成の関係を
調べる事で、根こぶ形成メカニズムの全容解明が期待できます。
オーキシン
当研究室では、主にオーキシンという植物ホルモンと
根こぶ形成の関係について調べています。オーキシンの歴史は
古く、進化論で有名なダーウィンの実験により発見された
植物ホルモンで、19世紀後半から研究され続けています。
主に植物の成長を促す作用を持ち、様々な器官形成や環境応答を
制御しています。胚発生、維管束形成、屈性とほかの植物の葉陰を
避けるこはすべてにオーキシンが関わっています。
オーキシンにより制御されている成長、発生に関わる沢山の遺伝子が、
シロイヌナズナや他の植物で分かっています。それらの遺伝子の中で
DNA結合タンパク質のAUXIN RESPONSE FACTOR(ARF)と
転写制御因子のAUXIN/INDOLE-3-ACETIC ACID(AUX/IAA)は
オーキシン応答遺伝子の発現制御に関わる重要な因子であります。
AUX/IAAとARFの相互作用と対応関係の研究から、胚発生と側根形成
などの機能していることが報告されています。
当研究室では根こぶで発現している植物の遺伝子を網羅的に解析しました。
その結果、根こぶではARFの中でもARF5の発現が上昇している事が
分かりました。そして、ARF5の機能をなくした突然変異体では、
根こぶができにくい事も分かりました。これらの事から、根こぶ形成には
オーキシンシグナリングのARF5が重要な役割を果たしている事が
分かりました。今後は、このARF5を中心に解析を進める事で根こぶ形成
メカニズムの全容解明が期待できます。
サリチル酸
植物は病原体に対し、防御ホルモンであるサリチル酸を合成、
蓄積することで病原体に対する抵抗性を獲得します。一方で、
このような防御機構はいわば諸刃の剣であり、サリチル酸の
過剰蓄積は植物の成長そのものを著しく妨げます。したがって、
植物は自身の成長と病原体に対する防御のバランスを調節している
と考えられています。しかし、植物の成長-防御バランス
調節機構はこれまでほとんどわかっていませんでした。
当研究室では、ネコブセンチュウ感染時における植物の成長-防御の
バランスを保つ役割を果たす遺伝子を探索し、DEL1遺伝子を同定しました。
DEL1遺伝子を持たない植物(DEL1欠損体)では、線虫感染後に根こぶに
おいてサリチル酸が高蓄積していました。さらに、DEL1欠損体では線虫に
対する抵抗力が強くなりました。一方で、線虫に感染した場合のみ、
DEL1欠損体の根の成長が著しく悪くなりました。つまり、DEL1が、
サリチル酸を介した、植物の抵抗力と成長のバランス調節を
担っていることがわかりました。DEL1を介したサリチル酸応答の
分子メカニズムを解明することで、農作物の品種改良、様々な病原体の
感染機構解明などに貢献することが期待されます。
CLEペプチドホルモン
植物が作り出すホルモンには、オーキシンやサリチル酸のような低分子化合物だけ
でなく、アミノ酸が連結した構造を持つペプチド性のホルモンが存在します。
ペプチドホルモンはゲノムDNA上の遺伝子にコードされており、DNAがRNAに、
RNAがペプチドに翻訳され、機能を発揮するペプチドホルモンとなります。
ペプチドホルモンの一つであるCLAVATA3 (CLV3)は、葉や花・果実など地上部の
ほぼ全てを作り出す茎頂分裂組織(Shoot apical meristem; SAM)の細胞分裂の
活性調節を担い、過剰な細胞分裂を抑えることで形を整える役割を持ちます。
そのため、CLV3の機能が損なわれると花びらやがくの数が異常に増えてしまったり、
果実の形がいびつになったりします。これまでの研究からCLV3と共に細胞分裂の
調節に関わる遺伝子が明らかになりつつありますが、未だにその全容は明らかに
なっていません。私たちの研究グループでは、ヘテロ3量体Gタンパク質と呼ばれる
情報伝達タンパク質がこの過程に関与することを発見しました。今後の研究でさらに
多くの情報伝達因子を発見し、花や果実、葉の形作りのメカニズムを明らか
とすることを目標に研究を進めています。
植物の形作りには地上部だけでなく地下部(根)も重要です。根は地上部を
構造的に支え、さらに土壌に含まれる水分や栄養を吸収する役割を持ちます。
もともと祖先的な植物は根を持たず、高等植物は進化の過程で根を新たに
作り出しました。そのため、地下部の形作りのメカニズムは地上部から
転用されたものが数多く存在します。根の先端部の成長点は根端分裂組織
(root meristem; RM)と呼ばれ、茎頂分裂組織と類似した細胞分裂の
活性制御が行われています。CLV3ペプチドと類似したCLEペプチドと
呼ばれる一群のペプチドホルモンがこの過程に関わります。私たちの
研究室では地下部のCLEペプチドの情報伝達を行うタンパク質を数多く
同定しており、BAM1、RPK2、PUB4などが根の細胞分裂の調節を担うことを
報告しています。これらの細胞分裂調整メカニズムを解明し、植物が土壌中に
根を展開する仕組みを明らかにしたいと考えています。また、地上部と
地下部の仕組みを比較することで、植物がどのように地上部の形作りを行う
遺伝子を根の形作りに転用しているのか、という進化の歴史を明らかに
することが出来るかもしれません。
画像出典:
https://www.pathwayz.org/Tree/Plain/PLANT+HORMONES
Nakagami et al. (2020) Sci. Rep. 10(1): 8836.
Kinoshita et al. (2015) Development 142(3): 444-453.
Shimizu et al. (2015) New Phytol. 208(4): 1104-1113.