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(1) 陸上植物の葉緑体増殖機構に関する研究 その5
ペニシリンの作用機構は、細菌のペプチドグリカンと呼ばれる細胞壁構成要素の合成阻害です。2ページ前の図6を参照にしてください。葉緑体は、このペプチドグリカンを持っているとは考えられておらず、何故葉緑体の形態に異常がでることを説明できません。ペプチドグリカンは以下の図8のような経路で合成されます。細胞壁は我々ヒトを含む動物細胞にも存在しないため、抗生物質のターゲットとしていろいろな抗生物質が開発されています。そこで、我々はいろいろな抗生物質をヒメツリガネゴケに与えたところ、赤で示している抗生物質が巨大葉緑体の形態を導くことを見いだしました。抗生物質を与えると葉緑体の分裂がストップする一例は、ホームページのトップの写真で示しています。このことは、このペプチドグリカン合成経路がヒメツリガネゴケに経路として存在していることを示唆しています。このようなことは、ないと思われていた訳ですから、考え方の180度の方向転換が必要になります。
図8 ペプチドグリカン合成経路。赤字は抗生物質の阻害部位。青字は各ステップを触媒する酵素の遺伝子名。
ここで、進化の話に戻ってみましょう。シアノバクテリアが共生進化することによって葉緑体が生じてきたことについては、その2で書きました。一次共生としての葉緑体を持つ植物は進化的には3種類います。緑藻と陸上植物の一群、紅色植物の系統、それに灰色植物です。現在のところ、葉緑体の共生進化はたった1度しか起こらなかったと考えられていますから、これらは兄弟のようなものになります。図9として示します。
図9 植物の進化とペプチドグリカンの関係
灰色植物というのは、かなり小さな一群ですが、葉緑体に特徴があり、別に分類分けされています。その特徴というのが、実は葉緑体に存在するペプチドグリカンなのです。地球の片隅には不思議な生き物がいるもので、こいつらは葉緑体に共生進化したときにペプチドグリカン層を無くさなかったのです。一方、紅藻類の一つシアニディオシゾンの全ゲノム配列を決定した研究から、紅藻類はペプチドグリカンに関連した遺伝子が全く存在しないことがわかりました。つまり、ペプチドグリカン層があることはまずないと言えると思います。
緑藻類と陸上植物の系統では、ペプチドグリカン層はどうなったのか。これはまだ謎です。
まだ研究途中ですが、我々はヒメツリガネゴケからペプチドグリカン合成に関与する遺伝子を単離しており、それらの遺伝子の機能の解析を進めています。予測されるタンパク質はオルガネラに輸送されるシグナル配列を持っていることから葉緑体で働くことが予想されます。ヒメツリガネゴケの利点である遺伝子破壊技術を用い、直接的にこれらの遺伝子の機能を探っていきたいと考えています。