Researchs
研究内容
- 研究テーマ
- 約4億年前初めて陸上化に成功したコケ植物は、以来多くの種が絶滅する過酷な環境変化を経験しながら現在も地球上の様々な環境下で生活しています。私たちはコケ植物のもつ特異な環境適応能に興味をもち、その生理的特性をカルス培養細胞を用いて調べてきました。平成13年度から沿岸域環境科学教育研究センターに所属が移り、海藻類のストレス応答についても、コケの研究成果をもとに遺伝子レベルでの解析を進めています。
主な研究テーマ | (実験材料) |
(1)クロフィル合成系遺伝子の発現調節機構 | (紅藻、コケ植物) |
(2)酸化ストレス防御系遺伝子の進化 | (紅藻、コケ植物、シダ植物) |
(3)紅藻スサビノリの栄養ストレス応答 | (紅藻) |
(4)スサビノリのレトロトランスポゾン | (紅藻) |
(5)カテキン合成系遺伝子の発現調節機構 | (ヤナギタデ培養細胞) |
- (1)クロロフィル合成系遺伝子の発現調節機構
- クロロフィル合成経路におけるprotochlorophyllideからchlorophyllideへの還元反応を触媒する酵素には、反応に光のエネルギーを必要とする酵素(POR)と、必要としない酵素(ChlL/N/B)が存在します。被子植物はchlL/N/B遺伝子を持たないため、暗所ではクロロフィルを合成できず黄化します。しかし、それ以外の多くの植物はchlL/N/Bを持つため、暗所でもクロロフィルを合成できます。chlL/N/Bは暗所でのクロロフィル合成に関与する遺伝子として同定され、その発現は光調節を受けないと考えられていました。しかし、コケ植物ではフィトクロムによる光調節能をもっていました。私たちは、コケ植物は進化の過程で捨て去られたと考えられるchlL/N/Bを明所で活用しているのではないかと推定しています。また、コケ植物のPOR遺伝子は光依存的に発現しますが、この光調節にはフィトクロムと光合成の2つの制御があり、条件により使い分けられていると考えられました。また、光合成制御では光合成電子伝達系の作動によりmRNAの安定性が調節されていました。この制御様式も今のところコケ植物だけに見られる特性でした。今後、PORおよびchlL/N/Bの発現制御における光情報伝達機構の解析を予定しています。
- (2)酸化ストレス防御系の進化
- スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)はスーパーオキシドアニオンラジカルから過酸化水素への変換反応を触媒し、酸素毒性から生体を保護する役割をもっています。SODは補欠金属の違いによりMn-SOD、Fe-SOD、CuZn-SODがあります。Mn-SODは主にミトコンドリアに局在し、全ての植物に存在すると考えられています。Fe-SODは葉緑体に局在し、真核藻類やコケ植物には存在しますが、その酵素活性は被子植物では限られた種にしか見られません。CuZn-SODは多くの真核藻類には存在しませんが、すべての陸上植物に存在し、高等植物では葉緑体と細胞質に局在しています。
「緑色植物のCuZn-SODはいつ頃、なぜ出現したのか、葉緑体と細胞質のCu/Zn-SODはどちらが先に出現したのか」等はCu/Zn-SODの分子進化を考えるうえで興味ある問題です。私たちは、フタバネゼニゴケのCuZn-SODは細胞質にのみ存在するが、タンパク構造は高等植物の葉緑体型酵素と類似することを見い出しました。現在、植物におけるSODの分子進化の謎を解くため、コケ植物から三種のSOD遺伝子を分離し、それらの発現調節機構を研究しています。また、私たちは「なぜ多くの高等植物ではFe-SOD活性が見られないのか」にも興味をもっています。多くの高等植物はFe-SOD遺伝子をもっているが、通常の環境条件ではその発現が抑制されているのではないかと考え、シダ植物を用いてこの問題を調べています。
- (3)紅藻スサビノリの栄養ストレス応答
- 一昨年、有明海では赤潮による養殖ノリの色落ちが社会的問題となりました。ラン藻では栄養欠乏になると光合成色素タンパクであるフィコビリゾームが分解し色落ち(退色)します。この初期反応に関与する遺伝子は同定され、その遺伝子を破壊すると色落ち耐性となることが明らかになっています。真核生物である紅藻ではその相同遺伝子が葉緑体ゲノムにコードされていますが、その機能については研究されていませんでした。現在、スサビノリの同遺伝子の機能と発現調節機構を明らかして、色落ち耐性の養殖ノリの作出を目指して研究しています。
- (4)スサビノリのレトロトランスポゾン
- レトロトランスポゾン(転移因子)は多くの生物のゲノム中に多量に存在し、環境変化に応答してゲノム上の他の部位に転移することにより遺伝子発現を変化させることが知られています。陸上植物では多くの植物群でその存在が確認されていますが、藻類に関しては緑藻類で数例報告されているだけです。私たちは昨年スサビノリからレトロトランスポゾン遺伝子断片を分離しました。現在、その遺伝子構造や発現様式について研究を行っています。
- (5)カテキン合成系遺伝子の発現調節機構
- 小野莞爾名誉教授と協力して研究を行っています。小野名誉教授のホームページを参照下さい。