物理学コース 教授 安仁屋 勝
我々の身の周りには多種多様な物質があります。どのような観点からこれらの物質を見るかによって色々な分類が可能です。例えば,無機・有機・酸化物・窒化物・合金・高分子などといった原子種の組み合わせに基づいた分類,気体・液体・固体といった物質の存在形態に基づいた分類,電気を通すか,磁性を示すか,光に対して透明か,固いか柔らかいか等といった物質の性質(一般に物性という)に基づいた分類などがあります。
では,同じ化学組成をもつ無機化合物の電気伝導度(電気の通りやすさを表す量)は固体と液体で同じだろうか。この問いに一言では答えられません。というのは,電流は電子によって運ばれる場合もあればイオンによって運ばれる場合もあるだけでなく,物質がおかれている温度や圧力にも依存するからです。もちろん,その物質がどのような元素の組み合わせから成っているかにも大きく依存します。この例から,電気伝導という一見ありふれた現象であっても,それの理解は一筋縄ではいかないということが分かります。ましてや,多種多様な物質が示す性質を統一的な観点から理解するための理論の構築となると・・・,大きなチャレンジであることが分かるかと思います。
私は,上のような研究に30年以上取り組んできました。具体的には,現象の本質は何かという観点から可能な限り簡単な物理モデルを構築し,それに基づき塩化物,硫化物,酸化物,高分子,ガラスなど,多種多様な物質が示すイオン伝導やその他の性質が起きるメカニズムを解明するという研究を行ってきました。固体中におけるイオンの運動とそれに伴う現象の基礎と応用を扱う分野のことを「固体イオニクス」といいます。固体イオニクスに関しては,Pure Science Vol. 4 (2010) で紹介しました。併せて読んで頂ければ幸いです。
2022年は国際ガラス年でした。日常品からハイテク製品まで,我々はガラスに囲まれて生活しています。一方,ガラスを物理の目で見ると,これまた分からないことが多く,興味深い研究の対象になります。特に,高温液体を急冷しガラスとして固まっていく途中で起きる現象(緩和現象という)は謎だらけです。ここでも冒頭で述べた原子種の組み合わせに依存する物質の個性が顔を出します。私はこのテーマについても研究を行っています。色々な要素が複雑に絡み合って現れる多様性の中から普遍性を探すのは簡単ではありませんが,挑戦することを楽しんでいます。
私が行っている固体イオニクスの研究やガラスを含む構造不規則系の研究は,物質が示す基礎物性に関するものですが,極めて学際的で応用研究にも比較的近いといえます。そのため,物理学だけでなく,化学や材料科学など関連分野のことも学ぶ必要があります。汗はかきますが,疑問に思っていたことの理由を解き明かし,新たなことを知る楽しさは経験しないとわかりません。広い意味での物性物理学の研究にチャレンジしてくれる意欲的な若者が増えてくれることを期待しています。
ポテンシャルの山を乗り越えるイオン移動の概念図