熊本大学 理学部

Pure Science

緑の中で育まれる小さな生命

生物学コース 教授 相田 光宏

私たちが暮らす地球には、どんな生き物がどれだけいるのでしょうか? 生物の存在量を重さで表したものをバイオマスと呼びますが、近年の研究によると、地球全体で最も多くのバイオマスを占める生き物は植物であり、その重さはおよそ450ギガトン、バイオマス全体に占める割合は83%に及びます (Bar-On et al., 2018)。人類初の宇宙飛行士であるユーリ・ガガーリンは、宇宙から見た地球を「青い」と表現しましたが、生き物に着目すると、地上の大部分は植物による緑で覆われていることが分かります。ちなみに、私たちヒトを含む動物のバイオマスは2ギガトン(0.37%)であり、植物と比べると全く小さな存在です。地球はまさに植物に覆われた緑の惑星であり、植物が地球の生態系を支える基盤となっているのです。

植物が緑色なのは、その体を構成する葉や茎が緑色であることに由来します。これらの構造の中に、クロロフィルという分子がたくさん含まれているのです。クロロフィルは、光合成を行うために太陽の光を吸収する色素で、植物の緑の色の元でもあります。そして植物は、光合成によって生まれるエネルギーを利用して成長します。光合成の効率を上げるために、植物は平たい形の葉をたくさんつくり、葉どうしの重なりが最小になるように配置します。一方、茎は体をしっかりと支えるとともに、光を求めて上へ上へと成長します。植物の体は、光合成によるエネルギー生産に最適な形となっているのです。

では、植物はどのようにしてこれほどの高度な形を作り上げていくのでしょうか。その秘密は、茎の先端部にある小さな領域です(図1)。この部分は「茎頂分裂組織」と呼ばれ、細胞分裂を盛んに行うことで、葉や茎を構成する細胞を持続的に生み出していきます。茎頂分裂組織は植物の成長の鍵となる組織であり、ここで新しく生み出された細胞は、最終的に葉や花、果実など、植物体の地上部を構成するほぼすべての器官を形成します。しかし、どのようにして細胞が適切な場所で適切な役割を果たすようになるのか、また、植物がどのタイミングでどの器官を作り出すのかというプロセスには、まだ多くの謎が残されています。私たちの研究では、このような成長の謎を遺伝子の働きを通じて解明しようとしています。

中でも私たちが注目しているのは、植物の一生の最初の時期である胚発生です。これは植物が次世代を残すときに種子の中で起きている過程で、この時に茎頂分裂組織がつくられます。アサガオやホウセンカのように2枚の子葉(ふたば)をつくる双子葉植物の場合、茎頂分裂組織は子葉の間の部分につくられます。私たちは、この領域で働く遺伝子をたくさん見つけ、それらの働きが複雑に絡み合いながら茎頂分裂組織を作り上げていく過程の一端を解明しようとしています(図2)。このような遺伝子どうしのつながりを一つ一つ丹念に解きほぐしていけば、植物の成長の要となる茎頂分裂組織の働きを自在にコントロールできるかもしれません。そうすれば、農作物や園芸植物の改良につながる道も開けます。なにせ葉や花、果実や種子などは全て、茎頂分裂組織からつくられるのですから。

私たちの身の回りのそこかしこで、成長しては花を咲かせ、次世代の種子をつくる生命のサイクルが繰り返されています。その種子の一つ一つの中で、様々な遺伝子が共同して働き、発芽後の成長に備えて茎頂分裂組織をつくり上げていく様を想像すると、植物の不思議さを感じざるを得ません。私たちが目にする日々の成長の裏では、無数の遺伝子が連携し合い、巧みに植物の命を育んでいるのです。それはまさに神秘の過程であり、その謎を解くことに少しでも貢献できるよう、日々研究を続けています。