物理学コース 教授 松田 和博
電気伝導性は金属を特徴付ける性質の一つですが、気体では主に孤立した原子や分子からなり、絶縁体的性質を示すようになります。逆に、もともと絶縁性であった物質も超高圧下では金属的性質を示すようになります。物質の凝集状態と金属性とは密接に関係しています。金属の性質を理解する第一歩として、一様な正電荷の中で多数の電子が互いにクーロン力で相互作用する、電子ガスと呼ばれるモデルがあります。1930年代に、物理学者ウィグナーによって、電子ガスは密度が低くなると結晶になることが予測されました。クーロン相互作用の影響が増大し、互いに身動きが取れなくなったような状態です。ガスがさらに希薄になったらガスと想像したら結晶になるというのです。もちろんモデルは現実物質そのものではありませんが、物性物理における重要なモデルであり、第一原理計算手法の一つである密度汎関数法でも、その成果が有効に利用されています。
私は、現実の金属で最も電子ガス的振る舞いを示す元素であるアルカリ金属を対象に研究を行ってきました。密度を連続的に変えて、密度と物性の関係を調べています。液体の温度を上げると密度が下がりますが、常圧ですと沸点で沸騰してしまうので、圧力をかけて沸騰を抑えながら昇温します(図 左側)。専用の圧力装置(図 右側)を製作して、融点付近から気液臨界点付近までの温度圧力条件を実現します。アルカリ金属のルビジウムであれば、約40℃・1気圧(融点付近)から約1700℃・120気圧(臨界点付近)に相当します。例えば製鉄所で転炉から流れ出す溶鋼の映像は印象的ですが、その転炉の温度が1600℃-1700℃程度です。
現実のアルカリ金属は、低密度になると気相側では原子・分子が現れます(図 左)。現実物質はモデルそのものではないので、ウィグナー結晶とはいかないのですが、密度と物性の対応関係や、それに基づくモデルの妥当性、適用限界を探ることは実験の立場から重要と考えています。膨張していく流体金属の中で、いつ自由電子は自由でなくなり、金属は非金属化するのでしょうか。また非金属化は液体気体の相転移とどのように関係しているのでしょうか。実験手法としてX線散乱を利用し、電子の運動状態を調べることで、その疑問を明らかにしようとしています。
中学・高校で、金属中では価電子が自由に動いていると教わり、すんなり理解したつもりが、その後大学に入ると、粒子性と波動性を備えている、実はお互い仲が良くない(排他律)、他の電子やイオンの間にはクーロン力が働くけれども、その影響は小さいと考えてよい場合がある、さらには、相互作用の衣をまとった粒子が登場し、自由電子が自由であることは思っていたほど単純ではないことを痛感。研究の道に入ってアルカリ金属を扱うようになると、自由電子(自由すぎる?)の存在のためでしょうか、日常想像する"金属"のイメージとはかなりのギャップに驚く。それでも、そうしたギャップは研究の醍醐味でもあります。金属とは何か?という疑問と日々格闘しつつ、その面白さと奥深さを感じています。