理学部長 谷 時雄
「Pure Science」第15号をお届けします。2007年に創刊号を刊行してから、これまでに延べ75名の熊本大学理学部教員が、ご自身が進めている最先端研究の一端について、高校生や大学初年次の理系学生に向けて分かりやすく紹介してきました。第15号でも理学部の各分野で活躍されている5名の先生が、現在展開している先端研究の成果や研究の面白さについて解説されています。
理学は、生命、物質、宇宙などの自然界や数理の世界に潜む普遍的真理、原理、法則を明らかにする純粋科学「Pure Science」です。世界でまだ誰も解明していない事柄を、「なぜ?」「どうして?」と追求していく訳ですから、例えば私の専門分野である実験分子生物学の場合、脇目もふらず取り組み、苦労して行った実験のうちの大部分が真理の謎解きに繋がらず、大変がっかりすることが多いのが実は現状です。しかし、それらの実験のうちのいくつかは、心臓がどきどきするような、とても興味深い結果をもたらしてくれます。しかも、そのまだ誰も知らない実験結果を、自分だけが世界で初めて目にすることができるのも大変大きな喜びです。
左の蛍光顕微鏡写真で示す構造体は、2006年に我々が世界で初めて発見した、mRNAが蓄積する細胞核内の新たな構造体で、TIDRと名前を付けました。細胞の核は直径が約10マイクロメートル(100分の1ミリ)という大変小さな空間ですが、その中に発見当時まだ誰も気がついていなかったmRNAの貯留場所となる構造体が存在していました。薄暗い顕微鏡室で、mRNAが集積して赤く光り輝くTIDRを見た時の感動は今でも忘れることができません。細胞核の中はまだわからないことも多く、私達にとってはまさに小宇宙ともいえる、謎に満ちたわくわくする世界です。
本号に登場された各先生の研究紹介を読まれて、真理を探求する情熱や研究の喜びを感じ取って頂ければ大変幸いです。そして、「Pure Science」をご覧になっている皆さんの中から、次の世代を担う若き理学研究者が育っていくことを期待しています。