数学コース 准教授 北別府 悠
幾何学では様々な空間を扱いますが、距離空間について考えてみましょう。距離空間(X,d)とは1.d(x,y)≥0、さらにd(x,y)=0⇔x=y,2.d(x,y)=d(y,x)、3.d(x,z)≤d(x,y)+d(y,z)がすべてのx,y,z∈Xで成り立つような空間のことを指します。この時d(x,y)はxとyの距離と言います。日常的な言葉でこれを言い換えると、最初の条件は距離が非負であり、距離がゼロになるものは自分自身しかないということ、二つ目の条件は距離がどちらから測っても一致することを、また最後の条件は寄り道すると遠くなるということを数学的に表現したものです(当たり前ですね)。高々有限個の要素からなる(X,d)を有限距離空間と呼びます。n点からなる有限距離空間(X,d)の距離の情報はn点から二つの点に対して非負実数を対応させることで決まりますから高々()個の非負実数の組によって(X,d)は決定できることになります。しかし有限距離空間についても難しい問題はまだあります。埋め込みという問題について考えてみましょう。
二つの距離空間(X,d),(Y,r)の間に写像f:X→Yが存在して距離を保つ、すなわちr(f(x),f(y))=d(x,y)がすべてのx,y∈Xについて成り立つとき、XはYに等長埋め込みができると言います。有限距離空間(X,d)をユークリッド空間に等長埋め込みできるかどうか考えてみましょう。Xの要素の数が1つ,2つまたは3つの時は等長埋め込みを作ることは容易いでしょう。では4点からなる有限距離空間は全てユークリッド空間に埋め込むことができるでしょうか?次のような4点距離空間(X,d)を考えてみましょう;X={o,x,y,z}で距離dはd(o,x)=d(o,y)=d(o,z)=1、d(x,y)=d(y,z)=d(z,x)=2、によって定められているとします。この距離空間は通称"三脚"と呼ばれており、どのような次元のユークリッド空間にも埋め込めないことがわかっています。証明は簡単ですのでちょっと考えてみてください。このように与えられた有限距離空間が常にユークリッド空間に等長埋め込み出来るという主張は間違っていることがわかります。他方誤差付きの埋め込み、すなわちε>0が存在して|f(x)-f(y)|≈ d(x,y)+εを満たすような写像f:X→Rnを見つける問題を考えます。この場合は任意の有限距離空間について誤差を大きく見積もれば常にこのような写像を見つけることが可能であることは直感的に正しいことがわかると思います。問題なのは誤差をどれくらい許せば与えられた距離空間を埋め込めるかということです。この問題は要素数に対して誤差をどれくらいまで小さく出来るかということに主眼をおいていて、コンピュータサイエンスなどに応用があるようです。
これらの埋め込みの問題は現在でも活発に研究されており、様々な分野で応用されています。有限距離空間に限らず距離空間の幾何学はとっつきやすい話題が多いので、興味を持ってくれる学生が増えることを期待します。