真正粘菌のミトコンドリア融合に関する研究


 二重の膜と独自の遺伝子発現系を持つオルガネラであるミトコンドリアは細胞の分化状態や生活環・分裂周期の時期により個々の形状が大きく変化します。また、ミトコンドリア同士が融合する現象や、 ミトコンドリアの融合にともなうミトコンドリアのDNA領域(ミトコンドリア核)の融合が起こることも多数の生物で観察されています。

我々は真正粘菌を用いてミトコンドリア融合の研究を行ってきました。真正粘菌は半数体のアメーバ世代と、2倍体の変形体世代をもつ生き物です。

図1 真正粘菌の生活観

真正粘菌のミトコンドリアはこの世代交代をする際にミトコンドリアの融合が起こることがわかっていたのですが、私はこのミトコンドリア融合を誘起するプラスミドをミトコンドリア中に発見し、これをmF (mitochondrial fusion) プラスミドと名付けました。

通常、雄のミトコンドリアDNAは母性遺伝によって排除され、子孫に伝わることはありません。しかし、このmFプラスミドは、自身でミトコンドリアの融合を引き起こすことにより母性遺伝機構からエスケープし、子孫に伝わることができることがわかりました。今になっても母性遺伝をすり抜けることができるミトコンドリア内のDNAは、このmFプラスミドだけです。

そのプラスミドの塩基配列を決定し、そのプラスミドがコードする一つのタンパク質がタンパク質間相互作用の機能を持つコイルドコイル構造を持つこと、そのコイルドコイル構造を細胞質中に出した形で存在していることを明らかにしました。このことは、ミトコンドリアの融合がこのタンパク質のタンパク質間相互作用によって生じていることを示唆するものです。

図2 線状のmFプラスミドにコードされたタンパク質(赤色)により引き起こされるミトコンドリア融合の模式図

細菌の接合性プラスミドは自身の遺伝子によって細菌の接合を誘起し、細菌集団中に伝播していきます。一方、宿主はこの利己的な接合性プラスミドが誘起する接合過程で付随的に導入され、組換えを起こします。「接合」と「組換え」を「性」と考えるなら、利己的DNAが宿主の性を作り出していると考えることができるわけですが、また、宿主が利己的DNAの能力を利用して、自身の性を作り出しているともいえます。このような例は他にみられず、非常に興味深い現象だと思っています。熊本大学の赴任にともなって、この研究はここで停止していますが、またいつかやってみたい研究の一つです。

この研究は現立教大学教授の黒岩常祥先生、東京大学教授の河野重行先生を始め多くの方との共同研究でなされたものあり、ここに感謝致します。


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