熊本大学大学院先端科学研究部 |
基礎科学部門数学分野 |
教授 |
教育研究分野:解析学 |
Email: haraoka at kumamoto-u.ac.jp Tel: 096-342-3323 |
専門分野:微分方程式論,特殊関数論
近著「複素領域における線形微分方程式」(数学書房, 2015年) に,これまでの研究・現在取り組んでいる研究について記載しました。ただしいくつか間違いがありましたので,訂正についてはこちらをご覧下さい。
研究テーマ:
(1)アクセサリー・パラメターを持たない微分方程式の研究
複素領域における微分方程式の解の性質は, 解の値が無限大に発散したり多価になったりする「特異点」と呼ばれる点の近くで意外にもはっきりつかまえることができます. 特異点にこそ情報が集約する,というのがリーマンの思想でした. この視点からすると,微分方程式の研究は,各特異点における振る舞いを調べること(局所理論)と, 離れた特異点の間の振る舞いの関係を調べること(大域理論)に分解されます. 大域理論は接続問題とも呼ばれますが,一般に非常に難しい. ところがあるクラスの微分方程式については,局所理論が分かると大域理論が記述できてしまいます. そのような微分方程式は,局所データを与えることで方程式自体が確定してしまうもので,言い換えると局所データに関係しないパラメター(それをアクセサリー・パラメターと呼ぶ)を持たない,ということになります.
アクセサリー・パラメターを持たない微分方程式は,単に解の性質が調べやすいからということではなく, ガウスの超幾何微分方程式などのように重要な微分方程式のクラスをカバーしているため, 興味深い研究対象と考えられます. 大久保謙二郎氏はアクセサリー・パラメターを持たない微分方程式をすべて見つけるための様々なメカニズムを発案され, この方面の研究分野を切り開かれました. すべて見つけるということに関しては,Nicolas M. Katz氏がrigid局所系という概念を通して成し遂げました. またそれとほぼ時を同じくして,横山利章氏が大久保先生の道筋にさらにアイデアをつけ加えることで,Katz氏とは別の方法で成し遂げています.
Katz,横山の結果はこの方面の研究のゴールではなく,やっとスタート地点にたどり着いたというように思えます. たとえば彼らの結果から,アクセサリー・パラメターを持たない微分方程式には解の積分表示があることが導かれました. この先には,積分表示の詳しい解析,接続係数やモノドロミー不変2次形式などの統一的記述,保型関数との関係の探求など, 多くの興味深いテーマが待ち受けています.
(2)合流型超幾何関数の統一的研究
超幾何関数やベッセル関数など物理や工学でも活躍する特殊関数は,応用上の必要から個々に詳しく調べられていますが, 微分方程式を満たす,積分で表される,パラメターについての漸化式を満たすなど,いろいろな共通点を持っています. 共通点を持つものをまとめて考え,その全体の構造を解明することで個々の対象の性質を記述していこう,というのは, 数学における重要な思考方法の一つです. そこで積分表示に注目してみます. 超幾何関数やベッセル関数などの積分表示にはベキ関数や指数関数が現れますが, それらは加法群の指標ととらえることができます. そこで加法群の指標の積分を合流型超幾何関数と定め,統一的に研究しています.
統一的に,つまり全体をまとめて研究することにより,合流・外積構造・双対性・交点理論など種々の構造が浮かび上がってきました. それらの構造を利用することで,個々の関数の局所挙動・大域挙動を詳しく調べることも可能になります.
(3)微分ガロア理論
n次方程式の解がどれくらい複雑な数かを,解の間に成り立つ関係式を不変にする置換からなる群(ガロア群という)の大きさで測るという理論がガロア理論です. ガロア理論は現代数学の一つの指導原理となり,多くの理論の雛形となりました. その直接の類似として,微分方程式についても同様の理論が考えられます. 線形常微分方程式に対するガロア理論はピカール・ヴェッシオ理論と呼ばれ,微分方程式の解の超越性を微分ガロア群の大きさで測る理論となっています.
しかし実際に微分ガロア群を求めるのは非常に難しい問題です. 微分ガロア群を求める方法として,モノドロミー行列やストークス行列たちの閉包を取るやり方や, 微分方程式を素数で法を取って有限体の上で考えるやり方が考えられています. また代数多様体の周期を与える微分方程式の,素数pによるp-曲率を用いた特徴付けなど,興味深い未解決問題があります.
(4)微分方程式の変形理論
いろいろな数学的対象について,そこに含まれているパラメターを変化させることで生じる現象を調べることを「変形」といいます. (1)で述べたアクセサリー・パラメターは,微分方程式を変形するときのパラメターとみなすことができます. したがってアクセサリー・パラメターを持たない微分方程式は,変形を許さない方程式ということになり,その場合にいろいろと重要な関数が得られるのでした. 逆にアクセサリー・パラメターを持つ場合に変形を行ってみると,パンルベ方程式など,これまた重要な(非線形)微分方程式が得られます. 非線形微分方程式は非常に難しい対象で,解全体の集合の様子も一般にはよく分かりません. (解全体の集合の様子を把握することが個々の解の性質の解析につながるのですが,それは(2)で述べたのと同じ思想によります.) ところが微分方程式の変形から得られる非線形微分方程式については,解全体の集合の記述ができたり,そこに働く変換が具体的に得られたり,例外的に詳しい解析が可能になります. また一方でそれらの微分方程式は,物理学・確率論・曲面論など実に多彩な場面に登場するため,重要な対象であると考えられています.
(5)微分方程式の大域解析
線形常微分方程式におけるモノドロミーや接続係数,ストークス係数といった量は,方程式の解の大域的性質を表すもので,理論上も応用においても重要なものです. ところがこれらの量は,ごく特別な場合を除いて一般には計算する方法が知られていません. 特別な場合として,たとえば微分方程式の解がEuler型あるいはBarnes型の積分表示を持つ場合には,これら大域的な量が計算できます. しかし残念なことに,微分方程式を見てその解が積分表示を持つかどうかを判定する方法は知られていません. 例外はrigidな方程式(即ちアクセサリー・パラメターを持たない方程式)で,この場合には方程式を見てrigidかどうかが判定でき,rigidであることが分かれば,積分表示を具体的に構成する手順があります.
つまり線形常微分方程式の中には,大域的な量が計算可能にもかかわらず,方程式を見てもその可能性が分からない「隠れた」方程式たちが数多く存在しているのです. このような方程式を仮に「良い」方程式と呼ぶことにします. 良い方程式を見つけ出す判定法を作ることができれば,我々の解析の及ぶ範囲は飛躍的に広がり,数論・曲面論・表現論をはじめ,微分方程式が現れる多くの研究分野に本質的な進展が与えられると考えます.
1つのアイデアとして,常微分方程式が完全積分可能な多変数の微分方程式系に延長される,ということと,良い方程式というのが何か関係するのではないだろうか,と考えています. 複素解析関数を調べる時には,定義域を可能な限り広げ尽くす,ということが大事です. それと類似の発想として,微分方程式を調べるには,もしそれが延長可能であれば可能な限り延長する,ということが大事ではないか. 実際に,延長することによって,特異点の幾何学が微分方程式の大域挙動に与える影響などが,はっきり見えるようになることもあります.
研究の成果
(1)について.アクセサリー・パラメターを持たない微分方程式のうち,いくつかの無限系列について, 微分方程式およびそのモノドロミー群を具体的に求めたのが論文リストの[9]と[10]です. またその結果を用いて,それらの方程式の既約性(より簡単な方程式には帰着しないということ)を示しました(論文[11]). また当時並行して研究していた合流型超幾何関数におけるテクニックを適用して, 対角化できない留数行列を係数とする微分方程式のモノドロミーを計算したのが論文[13]になります. 横山のアルゴリズムに則って,アクセサリー・パラメターを持たない微分方程式には解の積分表示があることを示したのが論文[16],[19]です. この結果は著書[2]にも記載しました. その積分表示を利用して,接続係数や付随する不確定特異点型方程式のストークス係数を計算してみたのが論文[17]です.
(2)については,木村弘信・高野恭一両氏とともに論文[4],[5],[6],[7]で取り組みを始めました. 合流型超幾何関数の一般形を設定し,合流をはじめとする様々な構造の解明を進めています. 合流とは,関数や方程式にうまいパラメター(0でない)を導入して,そのパラメターが0となった極限で起こるジャンプ現象を調べる手法です. 合流を用いると,複雑な関数についてのいろいろな情報が,より簡単な関数の情報からの極限として得られます. 積分表示された関数の合流を考える際には,積分領域の変化を追跡することが本質的で,1重積分の場合には論文[12]でそれを成し遂げました. 論文[18]もそれに関わる話です. その成果の一つとして,合流型超幾何関数の間に成り立つ2次関係式を求めることができました(論文[14]). 合流型超幾何関数の理論については,著書[2]でも詳しく解説しました.
(3)について.論文[2]は,非線形常微分方程式に対する微分ガロア理論の一つの試作品です. 論文[8]は,微分方程式を素数pで法をとって有限体上で考えることで,微分ガロア群が有限になる条件を求めるという, いわゆるグロータンディックのp-曲率予想を,ポッホハンマー方程式に対して示したものです.
(4)について. Fuchs型方程式に対する基本的な操作であるmiddle convolutionと変形理論の関係を,論文[20]で明らかにしました. 変形というのは一種の延長を考えることで,延長可能性という視点で見てみると面白いのではないか,ということについて述べたのが論文[21]や[22]です.
(5)については,上に述べたような研究動機から「アクセサリー・パラメーター研究会」という研究会を何回か企画し,いろいろな分野の研究者と議論を重ねてきています.(下記の「オーガナイザー」の項を参照). またこの方向の研究について,中央大学で行われているEncounter with Mathematicsの第47回においてお話ししました. 講演内容については,スライド1,スライド2を参照下さい. 延長という視点でいろいろなことが見えてくるという研究を,いくつか進行中です.
私の研究は,未解決の大問題に取り組むというよりは,いろいろと論文を書きながらまた様々な人たちと研究交流を行いながら,自分の世界を広げていって, そうして開けてきた未知の世界に切り込んでいく,というスタイルです. 超幾何関数については,そうやって自分なりに獲得した世界を著書[2]にまとめました. 保型関数や代数多様体の周期,p-曲率,微分ガロア理論なども包含した,微分方程式の豊かな世界があるように思います. その世界の解明を目指して取り組んでいるところです.
これまで4年のセミナーで講読した主な本
オーガナイザー
メッセージ
数学(算数)は小学校の時から習っているのに,数学がどんな学問なのか,どんな研究があるのか,それはどんな役に立つのか, といったことはなかなか知る機会がありません. 理系でユーザーとして数学を使う人には,数学の威力を実感する機会があるでしょうが, それでも現代数学の研究内容やその意味を理解するまでには大きな距離があります. 数学は一面では言語のようなもので,習得して初めて味わうことができるというところがありますが, そうだとすると,小学校以来ずっと習い続けてきても味わうところまで行かずに終わってしまうという状況は,不幸なものです.
そう考えると,最先端の数学をビシッと身につけてなくても,中学生なり高校生なり大学生なり,それぞれ習ってきた数学で, 鮮やかな世界が開けてくる様子を体験できるとすばらしいと思います. 毎年夏に行っている公開講座「数学へのいざない」では, そのような機会を設けようと努めています. また大学での教養や専門の講義でも,言語としての数学を身につけることと同時に, その身につけた数学が何をもたらしてくれるのかも伝えたいと思っています.
講義
数学基本動作集
何事においても,身につけておかなければならない基本動作というものがあります. 数学における基本動作を集めてみました. こちら
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