熊本大学 理学部

Pure Science

生命を可視的に捉える

生物学コース 教授 檜垣 匠

 私たち檜垣研究室では「生命を可視的に捉える」研究を行っています.具体的には,植物の細胞のかたちの変化に興味を持っており,植物細胞のかたちが劇的に変化する細胞分裂や気孔開閉運動などの研究を進めています.分裂中の細胞や気孔の開き具合を変える細胞の中で時々刻々と変化する細胞内小器官や細胞骨格などを,最新の顕微鏡装置で立体的かつ経時的に撮影し,コンピュータを使って細胞内構造の形態や運動に関する情報を解析しています.このような顕微鏡観察と画像情報解析を通して,細胞内構造の様々な新しい振舞いをこれまでいくつも発見してきました.植物と聞くと,じっとして動かないという静的なイメージを持つかもしれませんが,顕微鏡で細胞の中を覗いてみると実にダイナミックに運動していることに気付きます.映像を通して,生きている!という印象を実感できる点がこの研究アプローチの大きな魅力のひとつです.また,顕微鏡観察には「○か×か」を調べるだけではなく,「何が出てくるかわからない」「何か新しいものを発見できるかもしれない」というワクワク感もあります.

 私たちはコンピュータによる画像情報処理の技術にも力を入れています.従来よく行われていた質的な目視観察は,観察する人によって見え方や感じ方,解釈が異なります.もっと極端に言うと,同じ人が同じサンプルを観察する場合でも,天候や部屋の照明,観察者の体調や気分によって判断が変わるかもしれません.言うまでもなく,科学実験において再現性は極めて重要で,顕微鏡を使った観察実験もその例外ではありません.そこで私たちは,顕微鏡画像をコンピュータ画像解析することで再現性の高い解析を行っています.また,定量的な情報を取得できるのもコンピュータ画像解析技術の魅力です.例えば,細胞の形を表現する上で従来は「細長い」という質的な記述に留まることもしばしばありましたが,画像解析によって「アスペクト比」や「フェレ径」などの形状を記述する数値指標の統計量(例えば,平均値や分散など)として記述できるようになります.また,ひとつの画像から多くの種類の情報(例えば,大きさ,形,色,動きなど)が得られるのも画像を使った研究の面白い点です.このような多次元データの分析には,最近注目されている機械学習あるいはデータサイエンスの技術が役に立ちます.私たちの研究室では,このような技術を活用し,細胞の状態を定量評価・分類・予測するシステムの開発にも取り組んできました.私たちが開発した要素技術の中には,私たちの研究室を飛び出して国内外のさまざまな研究分野で,多様な生物種の解析に使われているものもあります.自分たちが作ったツールが当初予想もしなかった形で活躍することはとても嬉しいことです.

 このように生物画像のコンピュータ解析にこだわる一方で,人間が解析対象をじっくりと観察することも必要不可欠なことと考えています.これまでは顕微鏡のレンズを覗いたり画像データを平面ディスプレイで観たりすることが普通でしたが,最近ではVRのような新しい観察法も出てきました.私たちは細胞生物学者の立場から,このような新しい観察手法が生物学研究にどれだけ有用か検討する研究にも取り組んでいます.さまざまな新しい観点から「生命を可視的に捉える」ことに興味のある方は是非,檜垣研究室をお訪ねください.

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植物細胞の分裂.タバコ培養細胞BY-2細胞の細胞分裂後期(左)と
終期(右)における染色体(赤),微小管(緑),細胞板(青)を撮影した.

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植物の気孔.シロイヌナズナ孔辺細胞のアクチン繊維を立体的に撮影し(左),
繊維を線分としてモデル化した(右).

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植物細胞のVR観察.ジグゾーパズルのような形をした葉の表皮細胞の
立体形状をVRで観察した.