purescience
第14号 2019年12月
分子で拓く新しい物質科学
みなさん、これまでに人類が発見もしくは開発した物質は何種類くらいあると思いますか?数千種くらいでしょうか?それとももっと多くて数万種?いやいや、答えはその数なんと1億種以上!(Chemical Abstracts登録数より。)さらに驚くことに、近年ではなんと数分に1個のペースで新しい物質がこのデータベースに登録されているそうです。つまり、みなさんがこの「Pure Science」に目を通している間にも新しい物質が世界のどこかで生み出されている、ということになります。新しい物質の発見・開発は、化学の最も得意とするところです。化学者によって生み出された物質は様々な科学分野の進化・発展の礎となり、私たちの暮らしをより便利で快適なものにしてきました。
私のグループでは、特異な現象・機能を示す新しい固体有機物質の開発を目指して研究を行っています。固体有機物質とは、分子から構成される固体物質の総称ですが、その最大の特徴は、「多様性」です。分子は炭素を中心とする数種類の元素から成り立っていますが、その原子の個数や結合の仕方を工夫することで多種多様な構造・性質を持つ分子を設計することができます。さらに、分子は柔らかく、似たような分子を用いて固体(結晶)を作っても、固体中での分子の集合構造(配向や並び方)に違いが現れることがあります。このような構造の多様性が、物質の性質に大きな違い、すなわち多様性をもたらします(例えば、電気をよく流す・ほとんど流さない、磁石にくっつく・くっつかない、など)。私たちは、分子の設計性・構造多様性を上手に活用することで、電気を流す分子を水素結合で連結し、従来にはない集合構造を有する固体有機物質を開発することに成功しました(図)。その結果、大変興味深いことに、本来電気伝導性に無関係である水素結合を利用して電気伝導性を制御・スイッチできることを初めて見いだしました。これは従来の固体有機物質にはない画期的な機能・現象であり、化学や物理学などの物質科学分野で大きな注目を集めています。
新物質の開発はしばしば物質科学の世界を一変させます。まだ誰も見たことがない現象や機能を求めて、無限に広がる有機物質科学の世界を一緒に探索してみませんか?
(灰色、赤色、黄色、白色は、それぞれ炭素、酸素、硫黄、水素原子を表す)