purescience
第11号 2016年12月
砂のすきまの小さな巨人
水の底に貼り付いて生活する生きものを専門用語でベントスと言います.ベントスは体の大きさでいくつかのグループに分けられます (岩波生物学辞典・第四版).肉眼で容易に確認できるカニやゴカイなどの生物はメガベントス (体サイズ4mm以上)やマクロベントス (1~4mm) です.自由生活型の線虫類や小型甲殻類である底生カイアシ類(図1),最近人気の出てきたクマムシ類など,網目が1mmのふるいを通過する最小サイズの多細胞動物はメイオベントスとよばれます.これらの分類群は細長い体型をしているものが多く,ザックリ言うと,バクテリアが,海底に堆積している砂や泥などの粒子表面に付着して生活し,大型のマクロ-メガベントスが,堆積物の上に「浮かん」で,または堆積物を押しわけて生活するのに対して,メイオベントスは,細い体をくねらせながら,堆積物を構成する砂粒や泥粒のすきまを生活空間として利用します.
干潟や海岸などに行っても,我々が彼らに気づかないのは,肉眼で見るには小さすぎるからです.しかし,小さいといって侮るなかれ,一見「目に見える生物が何もいない」砂浜や干潟でも,その堆積物中には1m2当たり数百万匹ものメイオベントスが存在し,総重量で大型のベントスを凌駕する場合もあるのです.また,小さい生物は一般に世代交代時間が短く,メイオベントスの回転率は大型ベントスの数倍あります.つまり,干潟や砂浜における物質循環や総生産における彼らの存在は大きいのです.
大きな河口や内湾に発達する干潟は,アサリなどの有用生物の苗床であると同時に,堆積した有機物を分解する浄化層としての役割を果たしますが,メイオベントスも一役買っています.一様な平面構造の広がる干潟にゴカイなどの大型ベントスが巣穴を作ると,堆積物が大気や海水と触れる面積が何倍にも増加し,酸素を泥の奥まで行き渡らせる「毛細血管」の役割を果たします.この巣穴の壁面に多様なメイオベントスが住みこむことが知られています(図2).つまり大型ベントスが浄化槽の建設とメンテナンスを担当する「事業主」であるのに対して,メイオベントスは浄化槽で住み込み・食事つきで働いている「従業員」だといえるでしょう.しかも家賃と食費はタダです.
ところで私は,天草のハクセンシオマネキやコメツキガニの巣穴の周りのメイオベントスの分布を調べたことがあるのですが,予想に反して,あまりメイオベントスがいませんでした.これらのカニが巣穴を作る砂泥底は,泥干潟に比べて堆積物粒子間のすきまが大きいので,巣穴がなくても酸素不足になりにくい場所です.せっかく立派な箱モノを作っても,立地条件が悪いと,どうも従業員が集まらないみたいです.