purescience

第11号 2016年12月

重金属の由来を探る

化学コース 准教授 大平 慎一

「重金属」と聞くと,みなさんはどんなイメージを持っているでしょうか。これまでに学校で習ってきた印象では,公害を引き起こす汚染物質という負のイメージのほうが強いかもしれません。しかし,人類は古くから重金属を生活の中で活用してきました。例えば,日本でも弥生時代には,青銅(ブロンズ,銅にスズを含む合金)でできた矛や剣が使用されていました。最近では,希少な金属は,レアメタルと呼ばれ,電子材料の分野などで広く用いられ,私たちの生活にとって不可欠なものとなっています。

では,重金属は,私たちの体にとって有害でしかないのでしょうか。答えは,NOです。重金属には,生体機能の調節作用を担う人体にとって必須なものも存在しています。銅,マンガン,コバルトなどは,人体に過剰な場合には有毒ですが,生体を維持するためには適切な量が必要な重金属です。また,クロムには,その存在形態によって様々な酸化数をもつものがあり,環境中では主に3価クロムや6価クロムとして存在しています(図1)。同じクロムの化合物でもこの2つは大きく異なった性質を示します。3価クロムは,人体にとって必須であり,血糖値を調節するインスリンの働きをサポートする役割があり,サプリメントも市販されています。一方,6価クロムは,革なめしの薬剤やメッキの原料として使われていますが,強い発がん性が知られています。このようにクロムは,酸化数によって性質が大きく異なるため,他の重金属と異なり,クロムの水質や土壌の環境基準は,6価クロム化合物の濃度で定められています。

さて,このような重金属化合物はどこからやってくるのでしょうか。もともと重金属は,土壌や地中に多く含まれています。これを人間が取りだして,生産活動に利用し,不適切に排出することで生じる環境汚染は広く知られています。しかし,自然界に存在する重金属化合物が溶け出して地下水や土壌を汚染する自然由来の汚染も数多く報告されています。例えば,バングラデッシュにおける井戸水のヒ素汚染は人為的ではなく自然由来だといわれており,ヒ素を含有する鉱物から地下水へとヒ素が溶出し,その地下水を人間が井戸から汲み上げて使用することで,ヒ素中毒患者が発生していると考えられています。また,カリフォルニアや千葉県において,過去に自然由来の6価クロムによる汚染が報告されています。このような汚染の由来を解明することは,汚染に対する適切な対策を考える上で重要です。最近,3価クロムと6価クロムを数秒のうちに分離して検出するオリジナルな手法を確立しました(図2)。現在,この手法を駆使して,土壌中6価クロムの由来を探る研究を進めています。これからも化学物質をはかる,オリジナルな手法を確立し,自然界の謎を解き明かしていきたいと思います。

図1 クロムの溶液
図1 クロムの溶液
6価クロムと3価クロムでは
水溶液中での色も異なります。
図2 6価クロムと3価クロムの測定システム
図2 6価クロムと3価クロムの測定システム