purescience
第11号 2016年12月
リッカチ方程式への執着
前任校で微分方程式の授業を担当したことがある.簡単な常微分方程式の求積法をやるのだが,その中で特にリッカチ方程式については少し突っ込んだ話題を準備した.しかし半期の授業でリッカチばかりをやるわけにはもちろんいかない.高階線型微分方程式の「演算子法」(なんという古めかしい言葉だ!)や「級数解法」ぐらいまでは「規定演技」である.
イタリアの数学者 Counto Jacopo Francesco Riccati (1676-1754) がに関する微分方程式
を考察したのは1724 年のことだそうだ.驚くべきことにこれは一般的には求積できない.求積法の講義では通常,求積できる例ばかりを取り上げて「この場合はこういう変換をせよ」,「この場合はこう置けば以前の例に帰着される」などとやるのだが,聴いている学生の方は,いつのまにか,どんな方程式でも求積法で解ける,と錯覚してしまうのではないだろうか.解法を教える講義だからこそ,微分方程式なんてものはそうそう解けるものではないのだ,という事実をもっと強調する必要があるだろう.
閑話休題.1725 年ごろD. Bernoulli(1700-82) は(1) が求積できるためのの十分条件を求めた.その後d'Alembert(1717-83), Euler(1707-83) らによって,(1) の形にこだわらず
という方程式が研究された.現在(1)は狭義のリッカチ方程式,(2)は(一般化された,あるいは広義の)リッカチ方程式とよばれている.もしならばこれはベルヌーイの方程式とよばれているものでと置くことで1 階の線型方程式に化けてしまう.
このリッカチ方程式,上に述べたように一般には求積法で解けないのだが,簡単な変換でベッセルの方程式という2 階線型常微分方程式に変形される.当たり前だが線型化されたら何もかもわかる,という具合にはなっていない.だからこそ特殊函数論があるのだ.
このようなリッカチ方程式,さらにはその自然な拡張であるKdV 方程式などに無限次元リー環や対称群の表現論でアプローチしたい.すでに30 年以上前に大進展があった分野であるが,もう一度,自分なりの視点で考えてみたい.ヴィラソロ代数と呼ばれる無限次元リー環のフォック表現を既約分解する.各既約成分に特徴的なベクトルが住んでいるが,それがKdV 方程式の解と,さらには対称群の既約指標と密接に関係する.非線型の微分方程式の解析に組合せ論的なアプローチが可能なのである.そういうところが数学の醍醐味であると考えている.「今さらリッカチなどというヒネコビタものを」という批判を聞き流す.「最先端」という語は数学には馴染まない.自分が疑問に感じていることを,自分のセンスに自信を持って,納得いくまで考えてみたい.