植物からのRNA抽出法


 細胞はその種類・状態に応じて、特定の遺伝子を選択的に活性化して機能を発現させている。この仲立ちをするのがmRNAで、細胞の状態をフレキシブルに変化させるためには、古いmRNAがいつまでも残らないようこれを分解する必要がある。そこで細胞や組織液中にはRNAをすみやかに分解する酵素(RNase)が豊富に含まれている。しかしRNAの分析を行う場合、このRNaseによるRNAの変性・分解が大きな問題点となる。RNaseは抽出する細胞はもちろん、我々の汗、だ液、皮膚などの様々なところに存在し、熱に対する安定性も高く、なかなか失活しない(121℃でオートクレーブしても活性が残る)。そこでRNAを抽出する際には速やかにRNaseを失活させる必要がある。
 今回はAGPC(Acid Guanidinium-Phenol-Chloroform)法を紹介する。RNAを構成するリボースはDNAのデオキシリボ−スに比べて2位の炭素に水酸基が1つ多くある。このためDNAに比べてRNAは酸性条件下で親水性が増すことが期待される。核酸は中性条件下ではリン酸基が解離して負の電荷を帯び、この部分が水和するとによって高分子コロイドとして水中に分散している。しかし酸性条件下では水酸基の電離平衡が会合の方向に傾いてこの部分のチャージが失われるために、親水性が低下する。この状態でフェノール処理を行うとDNAは疎水性に勝るフェノール層に分配され、RNAはリボースの水酸基があるために水層に分配される。AGPC法はRNAとDNAの酸性フェノールへの溶解度の差を利用したRNA抽出方法である。
 非常に強力なタンパク質変性作用を持つグアニジン塩(GTC)を用いて細胞の可溶化とRNaseの失活を同時に行う。液性を酸性に保ちながらフェノール処理を行うことで変性タンパク質や脂質、DNAは中間層やフェノール層に移行する。得られた水層(GTC層)にはRNAのみが含まれているので、これをアルコールと塩で凝集させて沈澱をつくり、ほぼ純粋なRNAを得る。

<試薬>
・ Denaturing solution
 4M グアニジンチオシアネート(GTC)
 25mM クエン酸ナトリウム(sodiumu citrate, pH 7.0)
 0.5% sodiunu N-lauroyl sarcosine(sarclsyl)
 使用直前にDenaturing solution 5mlあたり36μlの2-MEを加える
・ 3M 酢酸ナトリウム(pH 5.2)
・ 水飽和フェノール
・ クロロホルム
・ DEPC処理水
・ 10M塩化リチウム

<方法>
 以下に示すのはフタバネゼニゴケ( Marchantia paleacea var. diptera )培養細胞を材料にした場合の抽出例であるが、フタバネゼニゴケ植物体やその他の培養細胞などにも応用可能である。

1) 細胞をはかりとり、乳鉢にうつし液体窒素を用いて凍結粉砕する。(十分に行うことで、細胞の核のDNAが短く分断され後のステップでDNAのフェノール層への移行が容易になる。
2) 細胞の10倍量のDenaturing solutionを加える。(細胞とDenaturing solutionの割り合いは注意。細胞が1割をこえると次のステップで加える酢酸ナトリウムが不足して、液性の酸性度が十分保てなくなりRNAの純度が低下する。
3) 液状になったらチューブに移し、12000rpm・5分・4℃で遠心し上清を回収する。
4) 1/10容の3M酢酸ナトリウムを加えて混合する。(液性を酸性にする。
5) 上清の1/2容の水飽和フェノール、クロロホルムをそれぞれ加え、激しく撹拌する。12000rpm・5分・4℃で遠心し上清(水層)のみを回収する。(水溶液中のタンパク質分子は疎水基を分子の内側に、新水基を外側に向けて安定化している。ここにタンパク質変性作用をもつフェノールを加えるとタンパク質の立体構造が壊れ、外側に出てきた疎水基がフェノール層にトラップされる。一方タンパク質の親水性部分はそのまま水層に留まろうとする。その結果遠心分離によってタンパク質分子はフェノール層と水層の界面に中間層として分離されて変性タンパク質は中間層・フェノール層に、DNAはフェノール層に、RNAは水層に移行する。クロロホルムを加えるのは複数の有機溶媒を加えることによってタンパク質変性作用を高めて除タンパク質を効率良く行うため、フェノールだけでは長いpoly(A)RNAがフェノール層へ移行してしまうがこれを補うためである。
6) 5)の操作を中間層が出なくなるまでくり返す。
7) 上清の2.5倍容の100%エタノールを加え混合し、14000rpm・20分・4℃で遠心し、上清を除く。
8) 得られた沈澱をデシケーターで乾燥させ、DEPC処理水に溶解させる。
9) 最終濃度が0.8Mとなるように10M塩化リチウムを加えて撹拌し氷上に1時間おく。(RNAの沈澱には塩化リチウムを用いるが、塩素イオンが阻害的に働くので逆転写やin vitro翻訳を行うRNAに用いてはいけない
10) 14000rpm・20分・4℃で遠心し、上清を除く。
11) 70%エタノールを加え軽く転倒混和し14000rpm・5分・4℃で遠心し、完全に上清を除く。
12) 得られた沈澱をデシケーターで乾燥させ、DEPC処理水に溶解して濃度測定する。RNAサンプルは-80℃で保存する。